「冬はつとめて」と明言したのは清少納言だが、私は「ケルンはつとめて」を押し広めていきたい。
“つとめて” は早朝を表す古語で、私は、ケルンを象徴する大聖堂と中央駅には、朝日がひときわ似合うと常々思っている。
暖色の強い光が
澄んだ青を背負った岩肌をあたためるように照らす様
いつもより少しだけ静かな駅舎内にガラスを越えて差し込む様
何度見てもその度に、美しいなと目を奪われる。
今年の春は早く来てくれたと喜んだのも束の間。
そんな訳ないでしょうと嘲笑うかのように、冷え込む日々が再来したこの頃。
凍てつくような風が肌を刺す今朝は、よりその光が鮮烈に映った。
『ケルンはつとめて』
Cologne shines early in the morning / 26th February, 2023
知らず、自身の心が乾いていたことを実感する
美しい絵画に囲まれた数時間
心は『満ちる』のだということを
満たすものは芸術なのだということを
改めて知る
コロナによるロックダウンの影響で、年単位に及ぶ自粛の後、私にとっては待ちに待った美術館訪問が叶った。
ケルン音大で再会した藝大時代の先輩からの素敵なお誘い。彼女には、こちらでの新居探しの際も大変お世話になった。
中央駅・大聖堂側出口で待ち合わせ、徒歩数分。
初めて訪れた『Wallraf-Richartz-Museum』
中世・バロック・19世紀と時代ごとに階分けされ、こちらの美術館らしい色鮮やかな壁に、豊富な展示物が並ぶ。
この街、ケルンで描かれた数々のイコン
圧倒と畏怖を覚えて見上げた、ルーベンスの特大絵画
目に飛び込んできた、仄暗いモネの睡蓮
特別展では、シニャック作品と改めて触れ合う機会となった。
セーリング旅行先で彼が瞬間的にスケッチへと落とし込んだ風景。それをキャンバスにおこした絵を中心に集められた企画展示は、パステルの水の揺蕩いが並び、その中を人々が泳ぐように行き交う。
近寄って、離れて―――
点描ではなくモザイクのように色の散る絵が、距離や角度によって様々な顔をみせる。
人に溢れる会場もまた色が踊り、絵と相まって美しかった。
マインツ在住時、美術館といえばフランクフルトまで足を伸ばさなくてはならなかった。
思い立てば、すぐに赴ける距離の嬉しさはひとしお。
これから何度でも足を運ぶであろう、そんな美術館と
日々暮らす街で出会うことができた。
『こころ満ちる出会い』
Irreplaceable encounters fill the heart / 6th August, 2021
安い家賃で音出し可能な部屋を見つけるというのは中々に困難で。
Ruhezeit(静休時間=騒音が禁じられている時間)が設けられているドイツといえど、音大生や奏者と近隣住民との騒音トラブルは珍しくない。
私が新しく住み始めたこの部屋も
「住人から苦情が入ったら即、部屋での楽器練習はやめてください」
と、契約時に大家さんから釘をさされた。
それから早数ヶ月。
はじめは戦々恐々としていた日々の練習にもありがたいことに苦情は訪れず。それどころか。
洗濯室で鉢合わせたアパートの古株お爺さんには
「いつも素敵なチェロの音色をありがとう」
と言われ
そして昨日は、楽器を背負ってクタクタになりながら帰宅すると、
エレベーター前で遭遇した隣人から
「練習の音聞こえてくるけど素敵な演奏だね。今弾いてるあの曲は誰の作品?」
との言葉をもらった。
なんとかこのアパートでも無事に暮らしていけそうと胸撫で下ろし―――
ただし、下手な演奏はできないな、とも思うのであった。
『幸福は日常にふと転がる』
Happiness is born suddenly and unexpectedly in everyday life / 9th May, 2021
赤灰の雲はまだらに
青の名残りをのぞかせている
いつの間にか 光は呑まれ
部屋は影に沈もうとしていた
揃えたばかりの家具たちは まだどこかよそよそしい
緊張を孕んで 私を囲い
窺うように 私を見ている
大きな窓から 時が入り込む
縦横無尽に踊り
過ぎ去り
まるで知らない場所のよう
私はただぼんやりと
座り込んで
それを見ていた
『新居』
Move-in / December, 2020
上原ありす (Alice Uehara)
最新の記事 (全て見る)
- ストライキとあなたの命日 - 2023-03-26
- ケルンにて散文、いくつか - 2023-03-01
- 沈考の思い出 ー ウクライナとロシアのアンサンブル - 2022-03-03
- 道示す星 – ヴォルフガング・ベッチャー氏への弔辞 - 2021-03-02
- 路の灯 【G. モロー】 - 2021-02-05
コメントを残す