本番続きの慌しい日々が過ぎてしばらくは、元の生活に戻るのが難しい。

“疲れた”を理由に、なにもしたくない。
家事はとりあえずでいい。
誰も見てはいないのだし。

 

特に顕著なのが、毎日の料理だ。
おかずを作る気力がわかず、炭水化物の一品料理ばかり。
それもなるべく手間のかからないものを。

 

張りのない生活。
元気もなかなか戻らない。
外食をするのもひとつの手だけれど、そうじゃない。

やはり人間にとって、“おいしい”と思うことと、それを自分の手で作り上げた達成感は、大事な活力のひとつになるのだ。

 

 

そんな時、私は料理映画の力を借りる。

 

 

 

 

1 Little Forest

 

 

同名の漫画を原作とした長編映画。
夏から始まる四季それぞれを一編とした四部作で、「夏・秋」「冬・春」と二つずつにまとめられて公開された。

 

スーパーも大型店からも離れた、東北の小さな集落・小森に住む“いち子”
彼女は田畑を耕し、自給自足に近い生活をしている。

自然はいつだって、厳しさと優しさを同時に与えてくれる。
これは、そのど真ん中で人生の休憩をしている いち子 が、また新たな一歩を踏み出すまでの成長記だ。

 

この映画のメインはなんといっても素朴な家庭料理。
自然とともに暮らす彼女の、日々の中で生みだす料理。
ミズ、あけび、岩魚、胡桃の炊き込みご飯、合鴨、納豆もち、つくしの佃煮…

日本は、食の宝庫だ。
ドイツに暮らしていると、本当にそれを実感する。

 

私はこの映画を、季節を重ね合わせながらもう何十回も見ている。

私はこの映画が大好きだ。

 

夏。私は暑さに弱い。
ドイツに来てよかったと思うことの一つは、日本のあのうだるような暑さから逃れられたことだ。
けれどここ最近、ドイツの夏も温暖化の影響か、年々その暑さを増している。
特に今年は、チェロを背負って出かけることが多く、私は見事に夏バテした。

 

食欲がなかなかわかない。
食べるとしても、なにかサッパリしたものを。

その時、いち子 のつくる『トマトのホール漬け』
その涼しさに魅了された。

 

ドイツのトマトはカラフルだ。

その点は、ヨーロッパならではの強みがある。
最近は日本でも、さまざまな種類のトマトを見かけるようになった。
しかし、ドイツではそれらが小さなスーパーで、値段も手頃に買うことができる。
甘みも強い。

 

大量にトマトを買いこんで、いち子 の『ホールトマト』をつくり、そればかりを食べていた。
パスタ、サラダ、時にはまるごと一口で。
どんなに食欲がなくても、ただの塩漬けのはずのそのトマトだけは、するすると入った。

 

 

 

トマトと いち子 のおかげで、私はこの夏を乗り切れた。

 

邦画らしく静かに進んでいく、いち子の生活。
見る度に私の頭にはいつも、「雨ニモマケズ」の詩が思い浮かぶ。

何年も何年も、変わらぬ生活を営んでいくことはなによりも難しい。
それを実現しながら、自然と共に在り続ける小森の人びとは、宮沢賢治自身の姿と重なる。
食べることの大好きな彼女の食事は、『一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜』というわけにはいかないけれど。

 

そんな、いち子 や小森の人びとの”暮らす”姿は、私に実直な生活を思い出させ「料理を作ろう」と思わせてくれるのだ。

 

 

 

2 シェフ ~三ツ星フードトラックはじめました~

 

 

邦画の次は洋画を。

ロサンゼルスのレストランで総料理長を務めているカール。
けれど、堅物なオーナーや料理評論家とのトラブルにより、店を解雇されてしまう。
失意のカールだったが、元妻イネズの提案でフードトラックで移動販売していくことを決意。
元同僚で旧友のマーティン、息子のパーシーを含めた三人でフードトラックの営業を開始する。

 

おいしい料理、陽気なラテン音楽、そして親子の絆。
純粋に「いい映画」と思える作品。

 

 

何より面白いのが、その中に織り込まれたSNSの多様性だ。
使い方次第で、毒にも薬にもなるということを改めて教えられる。

 

私はクラシック楽器の奏者であるし、もともとが懐古趣味だしで、どちらかといえばカール世代側の思考だ。
わずか10歳でSNSを駆使する息子・パーシーの『リアル』というものへの曖昧さ。
そこには確かに不安を覚える。

けれどそれと同時に、パーシーから学ぶこともとても多い。
発信を決意し、今もこうしてブログ記事を書いている身としては、SNSにおけるパーシーの行動のすばやさとその創作力・発信力に、現状の自分と比べて考えさせらるばかりだ。

 

そんな、どこか冷めたところのあるパーシーが目を輝かすのが、カールによって出会う料理。
この映画では、料理を『リアル』の象徴として描いている。

 

SNSとリアル。
この二つのバランスは、私自身の課題でもあり、今の時代における課題でもある。

これからますます、ネット社会、情報化社会は勢いを増していく。
そのなかで、いかに多くの『本物』に触れていくか。
そのことが人びとにとって、重要な意味をもっていくのではないだろうか。

 

主人公カールは素晴らしいシェフだ。

なにより配役がいい。
私は常々、本当においしいものを作り上げる人は、その見た目からも雰囲気をかもし出している、と思っている。
カール役の俳優はまさにそれで、あの風体からつくり上げられた料理はどれほどおいしいのだろうと、想像するだけでよだれを禁じえない。

 

ただし、登場する料理はやはりアメリカン。
日本人の私には、毎日では少しもたれるので、たまの鑑賞を読者の皆さんにもおすすめする。

 

 

 

この二作品の助けを借りて、実際に今、私は再び食事づくりに励んでいる。

料理にはそれ自体に力がある。
けれど、その創作風景、つくる人の物語が見えるからこそ、力をもらえるときもある。

 

ドイツはすでに秋を飛び越え、冬の気配がしている。
急な冷え込みに、風邪の知らせもちらほら。

私は寒さで食欲が増す。
食が進むことは怖さもあるけれど、体調を崩しがちなこの季節には、元気を蓄えることが一番。

ドイツでもスーパーに鴨肉が売られている。
鴨一匹を丸ごといただく いち子 の姿に、私も今年の冬は鴨料理に挑戦するつもりだ。

 

「おいしいものをちょうどよく」をモットーに。
たまに映画の力を借りつつ、食べ過ぎに注意しながら、健康的な生活で寒さを乗り切ろう。

 

 

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【ドイツ在住チェロ奏者・エッセイスト】 東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、東京藝術大学音楽学部を経て、渡独。現在 Hoschule für Musik Mainz(マインツ音楽大学) にて留学中。 ドイツと日本の二カ国を拠点とし、演奏・執筆活動を行っている。 詳しいプロフィール・他記事はサイトまで。