画家・フィンセント・ファン・ゴッホが亡くなったのは、麦畑の中だった。
そこに私は、一種の切なさをおもう。
ゴッホには、ひまわりに囲まれて死を迎えてほしかった。
彼にとってひまわりはユートピアの象徴であり、何度も筆を走らせたモチーフだったのだから…

 

 

ゴッホが生まれたとき、すでにその家にはフィンセント・ファン・ゴッホの墓が建てられていた。
それは彼が生まれる1年前に死産した、同じ名前を持つ兄の墓だった。
そして父の書斎には、 ファン・デル・マーテンの作品「麦畑の葬列」 が飾られていた。

『麦畑の中を進む葬列を、死神のような麦刈り人が見つめている』


聖書の中で「麦刈り」は人の死の象徴として語られている。

ゴッホにとっても麦刈り人は「人間の死を象徴する人物」であり、死のイメージとして麦畑の主題を好み、いくつかの作品を残している。

ゴッホは生まれてからずっと、自分の死を見つめ続けていたのかもしれない。
彼の遺作もまた 『カラスのいる麦畑』 であった。

 

 

ゴッホの葬列も、こんな麦畑の中で行われたのだろうか。

青と黄。
ゴッホが好んで作品内によく用いていた色使い。
それを象徴するような、青空と麦畑。

いせひでこ先生の絵本『にいさん』では、見開きいっぱいに描かれたその麦畑の中、ゴッホの葬列はすすんでいく。

 

 

 

以前、作家・アルベールカミュの生誕日に寄せ『異邦人』について文を書いた。

一文をもとめて ― アルベール・カミュ『異邦人』


「今日、ママンが死んだ」

物語の冒頭、主人公はママンの葬儀へと老人ホームへ赴く。
季節は夏。
埋葬のため、彼らは棺とともに墓地へと続く長い道をひたすら歩く。
照りつける太陽
滴り落ちる汗
そこにあるのはただ、痛いほどの陽の光だけだ。

その圧倒的な存在を示す太陽の黄色と、黄金の麦畑を行くゴッホの葬列風景が、私の中で重なっていく。

 

ゴッホは売れない画家だった。
自分の絵を貫き、描き続ける兄を支えていたのが、画商となった弟・テオだった。
ゴッホが残した親しい者たちとの書簡は、819通にも上るという。
それらは後世にも残り『フィンセント・ファン・ゴッホの手紙』として出版もなされている。
そのうちの651通は、テオに宛てたものだった。

ゴッホは、テオに宛てた手紙の中でこんな言葉を残している。

「我々は自分たちの絵にしか語らせることはできないのだ」


2017年に公開された映画『ゴッホ~最期の手紙~』は、まさにその言葉通り。

動くゴッホの絵画たちによって、彼の死へと切り込んでいった作品だ。
未だ鑑賞する機会に恵まれていないことがとても悔しい。

ゴッホの精神は不安定で、生前の彼の言動には多くの謎が残っている。
死の真相も、未だ解き明かされてはいない。
麦畑のなか一人立つゴッホと、響く銃声。
その引き金は誰が引いたのか。
自殺か、他殺か。
テオもまた、容疑者の一人と考えられている。

家族として、画家と画商として、芸術を愛する同士として。
彼ら二人の間にある縁は、幾重にも重なり、複雑に絡まっていただろう。

しかし、その中心にあるものは”兄と弟”というシンプルな絆だ。

 

「ぼくには にいさんがいた」

 

 

絵本作家・いせひでこ先生は、絵描きとしてゴッホの研究に力を注ぎ『にいさん』をかきあげた。
そこには、ゴッホとテオとの兄弟だからこその葛藤、兄弟だからこその思いが描かれている。
研究の中心となったのは、やはり彼らの書簡であったという。

死の真相はわからない。
しかし、テオはゴッホから届いた書簡のほとんどを大事に保管していたという。
そしてゴッホの死の半年後、その後を追うように亡くなった。
そこに私は、テオが兄へと持ち続けた深い愛情を感じる。

 

昔、とある美術館を訪れた。
恥ずかしながら、内部の展示についての記憶はほとんどない。
併設された庭園によって、私の思い出のすべては黄一色に塗り替えられてしまった。

そこには、ひまわりがあった。

飲み込まれるような圧倒的な”きいろ”
彼らはみな、空を見上げていた。

そこでは4種のひまわりが区画され、種類ごとに画家の名前がつけられていた。
モネのひまわり、ゴーギャンのひまわり、マティスのひまわり…そして、ゴッホのひまわり。

 

   

   

(左から:ゴッホ、ゴーギャン、モネ、マティスのひまわり)

 

黄色は人に希望と喜びを与える。
しかし、長くその色に囲まれているうち、私の中には「明るさへの恐怖」のようなものが芽生えていた。
ひまわりの強い存在感への畏怖。
なのに、その感覚を永遠に味わっていたいような、離れがたさもあった。

青と黄は色彩心理学上、希望を叶えるため乗り越えなくてはならないハードルがあるときに好まれる配色だといわれている。
ゴッホはその生涯を通し、希望に向かい戦い続けていたのだろうか。
そして、ドイツで過ごす私もまた、気づけば青と黄にあふれた部屋を作り上げている…

 

ゴッホの作品は死後、人々に愛されるようになった。
私もその一人である。
その愛が少しでも、ゴッホに伝わっていてほしい。

今日は、フィンセント・ファン・ゴッホの生誕日である。

 

 

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【ドイツ在住チェロ奏者・エッセイスト】 東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、東京藝術大学音楽学部を経て、渡独。現在 Hoschule für Musik Mainz(マインツ音楽大学) にて留学中。 ドイツと日本の二カ国を拠点とし、演奏・執筆活動を行っている。 詳しいプロフィール・他記事はサイトまで。