切り離された「人」の一部は
瞬間的に死を通過し
物体としての新たな命を生きはじめる―――
変わった癖がある。
指は、演奏家の命。
弦楽器の奏者にとって、指先や爪のケアは欠かすことのできない習慣だ。
特にチェロという楽器は、足に多少の不調が生じても弾くことはできる。
高校時代、靭帯を損傷するほど重度の捻挫を足に負った私は、しばらくギプスと松葉杖生活を強いられた。
もちろん、痛みの引かない期間は寝たきりを余儀なくされたが、座ることが可能になった後は練習を再開。準備期間は少なかったものの、そのままの状態で舞台に立つことができた。
申し訳なかったのは、伴奏を務めてくれたピアノ科の友人で、両手が松葉杖で埋まる私の代わりに、後ろからチェロを持って登場することになった彼は、初めてのことに少し緊張しながら、舞台袖で先生に持ち方の指導を受けていた。
だからこそ、手や指に関しては、日常生活においても細心の注意を払う。
怪我のリスクは極力避け、爪もヤスリを使って丁寧に削るのが一般的。
しかし私は、爪を切る。
切り取られたそれらを見たいがために。
紙の上に無造作に散らばった「爪だったもの」たち。
私はそれを一つ一つ摘み上げては、なぞり、手遊び、じっくりと眺める。
一瞬前まではたしかに命とつながっていて、そして切り離されてしまった存在。
生と死が、そこには共存している。
洗礼者ヨハネの首を求めた女―――『サロメ』
美しい舞の褒美を王から尋ねられた彼女が、ヨハネの斬首を求める聖書の一節。
そこにサロメの心情を表す言葉は一つもない。
「母親からそそのかされて」
どの福音書も、彼女は母に従いその首を求める。
サロメの心は、どこにあるのか。
この物語に、彼女がヨハネへと向ける歪んだ愛と執着を見出したのが、小説家 オスカー・ワイルド。
彼は戯曲「サロメ」を書き、与えられたヨハネの首に彼女が口付ける最終場面は、当時世間を賑わせるスキャンダルとなった。
それと同時に、この戯曲によって広く知れ渡るようになったのが、オーブリー・ビアズリー の挿絵だった。
モノクロで独特なタッチに描かれたビアズリーのイラストは、ワイルドが生んだ毒々しい世界観を見事に表し、サロメと聞けば、このイラストを一番に思い描く人も多いかもしれない。
ワイルドの出した、サロメという物語への一つの解。
彼が描いた「サロメ」の狂気は、確かにドラマチックで魅力的だ。
しかし、私にとって彼のサロメは「女」すぎる。
彼女の心があまりにも明確にさらけ出されてしまったような、そんな残念ささえ覚えてしまう。
むしろ私は、聖書にあらわれる「少女」特有の恐ろしいまでの純粋さと、その内面の不可解さ。そこに「サロメ」というモチーフが持つ魅力を見出している。
そして、そんな私のサロメ像は、画家 ギュスターブ・モロー の描いた絵画の中に存在する。
上野公園内に建つ『西洋美術館』
私にとって最も馴染み深い美術館だ。
講義の休講などでぽっかりと時間が空くと、学生証の提示のみで入場可能な、常設展へとよく足を運んだ。
そんなある日。
光に満ちているはずのフロアのなかで、私はふいに一つの影を感じた。
『牢獄のサロメ』
小さく、ほの暗い絵。
ヨハネの首を待つサロメの表情からは、狂喜も悔恨も読み取ることはできない。
一つの命が奪われようとしているその瞬間にありながら、絵画の中には奇妙な静けさだけが流れている。
心を、奪われた。
モローは、サロメをモチーフに数々の作品を残した。
彼自身が「私はまず、登場人物に負わせる性格を頭の中で考える。そして、その最初の基調となる着想に合致した衣装をその人物にまとわせる。」と口にしたように、彼女という人物像を模索し、纏う衣装にさえ考えを巡らせ、モローにとっての『サロメ』を創り上げた。
確かに、彼のサロメもまた、福音書の逸話とは離れた独自のサロメである。
そして、モローのこの試みが、後のワイルドやビアズリーをはじめとする、自由なサロメ像の創作を派生させてゆく。
しかし、彼が画の中に封じ込めたサロメの放つ「静かなる違和」
狂気さえ黙り込むような強烈なそれが、私の中の彼女へと重なるのだ。
サロメを筆頭に、彼の作品のほとんどは、聖書や神話の世界を描いたもの。
『牢獄のサロメ』との出会い以降、私はモローという画家と彼の作品を追い続けるようになるが、印象派の時代にありながら貫いた、絵画に文学を落とし込む彼のこうしたスタイルもまた、私が魅了される理由の一つとなっている。
絵画でも音楽でも。
私は、文学的な物語性をはらむ作品と、それを体現する人が好きだ。
私が深い愛を寄せる作曲家、ローベルト・シューマン。
書籍商を営む父を持ち、本に囲まれた文学少年であった彼。
シューマンの音楽を奏でるとき、私はいつも深い共感と切ない懐かしさに襲われる。
その作品はまるで、一篇の壮大な抒情詩を読むようだ。
つかみどころのない幻想的な世界観、万華鏡のようにころころと表情を変える音楽。
彼の持つ感受性の強さと繊細な心から生み出された独特の楽曲は、いつも私に「なにか」を強く訴えかけてくる。
「春の憧れに似た気分を管弦楽で表現したかった」
シューマン作曲『交響曲第1番《春》』
この曲と出会ったとき、私の抱く春のイメージにぴたりと符合したことに驚いた。
――― 春。
一般的に、あたたかでおだやかなイメージだろうか。
不思議なことに、私にとっての春は違う。
きみがため 春の野にいでて若菜つむ わがころもでに 雪は降りつつ
光孝天皇
太陽暦を使用していた平安時代。
春はちょうど今頃、まだ雪がちらつく季節だった。
和歌には「春」と「雪」を同時に詠んだものが多く残されている。
現代に生きる私の春は、もちろん3月や4月。
それでも、私の中の「春」には、冬の名残や雪の気配がする。
雪下から懸命に芽吹こうとする若葉の生命力。
差し込む光にとけて生まれた川水は、刺すような冷たさをおびている。
春には「厳しさ」と「強さ」がある。
O wende, wende deinen Lauf
Im Tale blüht der Frühling auf !戻れ 戻れ お前という流れ
谷に春が開花する!
無名の詩人 アドルフ・べドガーの詩に霊感を受け、シューマンはこの交響曲を作曲した。
初演に際し、彼は自曲について次のように語っている。
「冒頭のトランペットは高いところから呼び起こされるように響き、それに続く序奏は、すべてが緑色をおびてきて、蝶々が飛ぶのを暗示する。次のアレグロは、すべてが次第に春めいてくるのを示す……」
「春の始まり」と示された第1楽章は、ところどころに暗さや緊張感をはらむ。
特に、トランペットに続く冒頭部は短調が続き、私に、まだ雪の残る切り立った山々を想像させる。
何かが始まろうとしている。予感。前触れ。それを待つ緊迫感が、1楽章を通して流れているように感じられる。
一般的なイメージとはかけ離れた春。
すでにシューマンへと心酔していた私は、この曲への共感をきっかけに、ますます彼への思いを深めた。
このように、文学的に曲を紡ぐシューマンは、勿論文才にも恵まれており、彼は作曲家だけでなく評論家という顔も持ち合わせていた。
対照的な性格を持つ二人の人物に、紙面上で音楽論を語り合わせる独特の手法。
若きブラームスも、シューマンの評論をきっかけに世にデビューした。
芸術と文学の融合、体現。
音楽と絵画、ジャンルや国は違えど、これはモローにも共通する。
【自作を語る画文集】
そう副題がつけられた一冊の本。
モローは、自身の作品一つ一つに文章を残した。
この作品解説のきっかけは、絵を購入した熱心なコレクターに頼まれ、不本意ながら書いたものだったといわれている。
自分の作品に関する、人々の誤解。それに対する反論の意図もあって引き受けたが、モローは、これが自分が書いたものだということは決して他言しないよう頼んだという。
「『画家であるにはあまりに文学的すぎる』などという批判に、私は今までずっと苦しめられ続けてきましたからね。あなたの求めに応じて私が作品について書いたことはすべて、言葉によって説明できるようなものではありません。」
確かに、自身に置き換えて考えてみても、自分の演奏について文章に表してほしいという依頼が来たとして、容易に引き受けることはできない。
音によって表にあらわすものと、言葉によってあらわすものは、同じ内面にあっても少し違う場所で生まれ、別々の回路を通って表現しているように感じている。それぞれに変換してほしいといわれても、それはほぼ不可能なことのように私は思う。
しかし、モローはこの解説を書き続けた。
その最たる理由は、母のためであった。
父の死後、モローにとって母親は物質的にも精神的にも大きな支えであり、芸術上のよき相談相手でもあった。
耳の不自由な彼女のため、新しい作品に取り組むたびに筆談で説明を書いた。
現存するモローの作品解説のほとんどは、この筆談メモによって残されたものだ。
本の最後に記されたモローの『遺書』
「名残惜しいことがあるとすれば……」という一文からはじまるその遺書には、美術や画家という仕事のみならず、芸術、自然、文明、神話、歴史、書物 ――― モローが慈しんだすべてのものへの愛が語られている。
それらを見て、感じて、探求することが、死をもって失われることを惜しみ、すべてが彼の中でつながりをもっていたのだと感じられる。
名残惜しいことがあるとすれば……
仕事、絶えまない研究、努力によって私自身の存在を開花させること・・・秋の日の悲しい夜明け、和らいだ夕暮れ・・・古の巨匠たち。すばらしい作品を通して聞こえる彼らの沈黙の会話・・・今では神話となった時代を想像力で蘇らせること・・・音楽、高貴なる音楽。昔私の無上の喜びであったもの・・・生命、つまり私の中の炎、けっして満たされることのない情熱。珍しく、美しいすべてのものに対する情熱。それは本質を変え、私固有の弱さを奪っていくだろう。弱さは、私を苦しめ、そして愛させる。動揺する私の存在。つまるところ私という自己。
しかし、そういったすべてのことは、思い出されることがなければ無に等しい。愛する存在がなければ、すべては色あせ、曇り、消えてしまうのだから。」
私の内面にもある、音楽と文学の二面性。
自分が自分らしくあるために、私はエッセイを書いている。
二人の芸術家は、私の歩む道を照らす、あたたかな灯火となっている。
上原ありす (Alice Uehara)
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