『魔女の宅急便』

飛べなくなったキキが、絵描きのウルスラを訪ねた夜にこんな会話が出てくる。

 

「魔法って 呪文を唱えるんじゃないんだ」

「うん 血で飛ぶんだって」

「魔女の血か… そういうの好きよ」

 

 

私はその『血』を知りたくて、ドイツへきた。
クラシック音楽の本場、ヨーロッパの一国へ。

そして私は、日本人の『血』でクラシック音楽を弾いている。

 

海外に身をおいていると “日本” を求められることも多い。

そのことに嫌悪を抱くもの。
受け入れ、開き直るもの。
狭間で戦うもの。

さまざまだ。

 

 

しかし、流れる『血』は自分の一部だ。

 

「私は日本人だ」と口にするとき、自然と私の中には誇らしさが生まれる。

なにより日本の文化は美しい。

 

そして私は、古きよき日本文化を愛している。

 

 

 

 

2017年8月30日
日本舞踊とクラシック音楽 のコラボを行った。

 

Deutschland. Steinau a. d. Straße. Sommerfest und Renaming Ceremony of SumiRiko AVS Holding Germany GmbH. 30.8.2017. Photo: Bernd Roselieb

 

この企画をいただいたとき。

「夢のひとつに近づいた」
そう思った。

 

私の頭には、ある映像が思い出されていた。

 

 

 

世界的に活躍する女形歌舞伎役者、坂東玉三郎。

チェリスト、ヨーヨー・マの独奏に彼が舞った。

 

「希望への苦闘」や「祈」と題された “作品”

 

 

 

これは、ヨーヨー・マが取り組んだ 『インスパイアド・バイ・バッハ』 というプロジェクトのひとつ。

自らのライフワークとして、第6番まであるバッハの無伴奏チェロ組曲を、さまざまなアーティストとコラボレーションした。

庭園デザイナー、建築家、ダンス、映画、舞踊、アイスダンス。

坂東玉三郎とのコラボは、第5番だった。

 

この挑戦は私に強い衝撃をもたらした。
初めてこの映像を見た瞬間、急に視界が明るく開けたように感じられた。

「まったく違う職種のアーティストと、私の演奏とでひとつの世界を作り上げたい」

そう思うようになったのは、この映像を見たときからだ。

この思いは、ドイツに渡ったことでより強いものへとなった。

 

 

 

今回のコラボレーションの演目

『春の海』 作曲・宮城道雄

 

琴と尺八のためにかかれた曲をフルートとチェロで演奏し、オリジナルの振り付けが踊られる。

 

私が演奏するのは、琴部分

弓で弾くチェロ
爪ではじく琴

 

チェロにも、指で弦をはじいて音を出す “ピッツィカート” という奏法がある。

しかし、あえてそれは使わなかった。

 

尺八とフルートは同じ吹奏楽器で、音質に違いはあるけれど、やはり少し似ている。

チェロが弓でレガートに演奏することで、世界観を壊さないながらも、
西洋の楽器で演奏するというオリジナリティを示したかった。

踊りの方にも、その考えは喜んで賛成いただけた。

 

 

当日、ステージは猛暑だった。

ステージが設置されたのは、駐車場に建てられたイベントテント内。
分厚い布で風がさえぎられて通らず、演奏中は汗が止まらなかった。

しかし、袖のないドレスで、椅子に座って演奏する私たちより、舞人はもっと過酷な状況だった。

 

同じ楽屋内。
舞人が変身していく姿を間近で見ていた。

幾重にも肌に塗られる白粉。
幾重にもまとう布。
そして鬘。

顔がかわり、衣装がかわり、目つきがかわる。

その様子に、己の身も引き締まった。

 

舞台上あれだけ動き回っているにもかかわらず、その舞からは暑さは微塵も感じられなかった。

移り変わる静けさと激しさにはむしろ、風が吹いているようにさえ思えた。

 

緩急のつけ方。
間の取り方。
布や指の末端の動きにまで宿る、繊細で細やかな意識。

一緒に演じさせていただいたことで
「舞台上で表現する」
ということに対して、勉強になることばかりだった。

 

 

 

“出会い” とは、本当に稀有なもの。

このプロジェクトを今後もドイツで続けていくことに、関係者の思いは一致した。

 

Deutschland. Steinau a. d. Straße. Sommerfest und Renaming Ceremony of SumiRiko AVS Holding Germany GmbH. 30.8.2017. Photo: Bernd Roselieb

 

 

チェロ奏者としてのライフワークのひとつ
「カルチャーやアートとのコラボレーション」が、次々と形になっていっている。

 

感謝の心を忘れず、ひとつひとつに大切に取り組んでいきたい。

 

 

私の憧れであった、バッハと舞踊のコラボが実現する日も近い。

 

 

 

 

 

当日『春の海』の他に、フルートとのデュオで演奏した楽曲について書いたものがこちら。

本番を控えた楽曲たち ベートーヴェン:三つの二重奏曲第1番 WoO.27

 

 

 


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ドイツ在住チェロ奏者、物書き。 東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、東京藝術大学音楽学部を卒業後、渡独。Hoschule für Musik Mainz チェロ科修士を卒業し、現在はHochschule für Musik und Tanz Köin バロックチェロ科修士に在学中。 ドイツと日本の二カ国を拠点とし、演奏・執筆活動を行っている。 詳しいプロフィール・他記事はサイトまで。