桜に付随するイメージに、人の霊魂を思ってしまう。
そのはじまりは幼少期の経験で、当時の私にとってお花見は、地元の「墓地」で行うことが常だった。
そこは有名な花見スポットとなっていて、桜の開花時期になると屋台まで並び、大勢の花見客で賑わった。
母に手を引かれ出掛けると、いつも静かで子供たちの恐れを誘うそこはまるで様変わりし、花見客という酔っ払いにあふれ、光を受けた桜の白さがより明るく闇を照らし出していた。
大人たちのそんな大騒ぎぶりは、子供ながらに罰当たりではないのかといぶかしむほどだったが、酒の力を借りた彼らは、総じて鈍感であり、厚顔であった。
それは、生きているものが持つ特有のみっともなさと図々しさであり、酒を知らぬ当時の私の冷めた目にも、命のきらめきとパワーを感じさせた。
静かに美しく立つ桜との対比が、子供心に深く残った。
桜の木の下には、死体がねむっている。
その血を吸って桜の花は、薄紅に色づく。
作家・坂口安吾は、エッセイ『桜の花ざかり』でこう記している。
三月十日の初の大空襲に十万ちかい人が死んで、その死者を一時上野の山に集めて焼いたりした。
まもなくその上野の山にやっぱり桜の花がさいて、しかしそこには緋のモーセンも茶店もなければ、人通りもありゃしない。ただもう桜の花ざかりを野ッ原と同じように風がヒョウヒョウと吹いていただけである。そして花ビラが散っていた。
安吾の著作『桜の森の満開の下』では、物語の男と女は散り続ける膨大な桜の花びらに消える。
高校から大学の七年。
私は、上野の校舎へと通うこととなった。
交通の便のよさに、地下鉄千代田線の根津駅から登下校することを常としていたが。
ただ、春だけは、上野公園を歩いた。
見事な桜並木をくぐり抜ける度、私の頭にはいつも安吾の言葉がよぎった。
澄み切った濃い青空を背景に咲く桜。
たわわと花をつけ、重そうにゆったりと枝をゆらす。
そして、美しい情景から目を下ろせばまた、ここでも泥酔した花見客たちは、死者の眠る土の上、わが物顔で騒いでいた。
坂口安吾は文をもって、人の弱さと醜さをさらけだす。
彼の創る人物は、時に身体的短所を誇張され、時にどうしようもない悪人であったりした。
どの人物も、徹底的になにかが欠けている。
花びらに消えた男は山賊で、人殺しをいとわず。
その男に連れ去られた美しい女もまた、わがままで醜悪で、自身の弱さを満たすために人の首を求めた。
だからこそ、ただあるがままに描かれた桜は美しさを増し、人を飲み込む魔力を得る。
人でなしの山賊が恐れを抱くほどに。
花の下では風がないのにゴウゴウ風が鳴っているような気がしました。そのくせ風がちっともなく、一つも物音がありません。自分の姿と跫音ばかりで、それがひっそり冷めたいそして動かない風の中につつまれていました。
花びらがぽそぽそ散るように魂が散っていのちがだんだん衰えて行くように思われます。
それで目をつぶって何か叫んで逃げたくなりますが、目をつぶると桜の木にぶつかるので目をつぶるわけにも行きませんから、一そう気違いになるのでした。(『桜の森の満開の下』より)
本の中でも現実においても。
私にとって桜は常に、死を見下ろすように立っていた。
3月の終わり、久しぶりに日本へと帰省し、祖父母・曾祖父母の眠るお墓へお参りに赴いた。
なかなか帰国が叶わないとはいえ、足が遠のいてしまっていたことが、ドイツにいてもずっと心に引っかかっていた。
祖母は生前、私にこのお墓の存続について不安をこぼしていた。
「私が守っていくから大丈夫だよ」
安心させようとまだ幼かった私がそういうと、本当にほっとしたように笑っていて、未だにそのときの光景を忘れられずにいる。
祖母が亡くなったのは、それからすぐのことだった。
あれから何年も経ち、私は日本からドイツへと渡った。
たとえどちらの国で暮らすことになったとしても、あの約束は必ず守ろうと思っている。
墓前で手を合わせながら、祖母にもう一度そう伝えた。
墓地をゆく帰り道、しだれ桜のトンネルと出会った。
肌寒さが続く気候に花見をあきらめていた私は、思わぬ幸運に心が躍った。
降り注ぐように垂れる、花のカーテンに足を踏み入れる。
人がすぐそばにいるのに、その中は少しだけ静かで、心の澱が消えた私の中へと、すがすがしい神気が流れ込んでくるようだった。
フランクフルトの街中に咲く桜に懐かしさは覚えども、日本の桜にある圧巻さ、畏怖さえ覚える美しさを感じることはなかった。
やはり日本の桜には、なにか、魂が宿っているのかもしれない。
懐かしい日本のしだれ桜の下、思った。
上原ありす (Alice Uehara)
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